むかし古都バビロニア[バグダッド]に一人のサルタンがいました。その息子の名はランモといいました。ランモの母サルタン妃が亡くなった後、ランモの父親は新しい妻を娶りました。この女は自分の名誉も夫の名誉を気にすることなく、父の相談役である若者に恋焦がれていることをランモは見抜きました。ランモはそのことをだれにも話すこともなく、父の名誉のことを思って大変苦しみながら、できるかぎりこっそりと彼女の隠れた振る舞いを調べていました。ある日、女が相談役と一緒に庭へ出て行ったので、ランモがこっそり後をつけて行って薮の陰に身を隠したところ、庭の中の流水のそばに腰を下したふたりが何度も睦みあう様子を目撃しました。怒りに駆られたランモはどうしてよいかわからず、庭から出て行こうとして茂みを離れたときに、ふたりから姿を見られてしまいました。かれらは大変驚き、若者が自分たちの悪行を父親に告げるのではないかと疑って、逆に自分たちが犯した罪で若者を君主に訴えようと考えました。ランモが庭を出たとたん、ふたりは急いで王宮の自室へと戻りました。時間も遅くなってサルタンはいくつかの用事で相談役を自分のもとへ呼び出しましたが、相談役が思い悩んでいる様子を見て
「おい、そなたの名誉にかけて」と言いました。「なにを考えているのか言ってみなさい。お前がいつもと違って悩み苦しんでいるように見えるぞ」その言葉に対して
「陛下、わたしはけっして」と相談役は言いました。「他人を訴えたりしませんし、陛下の下でのわたしの位はそうした行為にふさわしくはございません。しかしもし重大な悪事を明かさなければ、陛下を大変侮辱することになりますし、陛下の名誉を傷つけることになると存じます」相談役からこう聞かされたサルタンは、すぐにすべてを打ち明けるように求めました。
「陛下がお望みなら」と相談役は言いました。「わたしはお言葉に従うしかありません。ご子息がサルタン妃にひどく恋焦がれているとを何度も気がついたということをお知り置きください。彼女の体を手に入れようと彼が激しい試みをしたのをわたしは何度もこの目で見ました。昨日もそれが原因でふたりが争うのをわたしは見たのでございます。陛下がそのことを陛下をお確かめになるために、どうか王妃様のところへお行きください。わたしが思いますに、陛下が強くおっしゃれば、邪な若者の横暴にこれ以上耐えられずに彼女はそのことを打ち明けられるでしょう」相談役が話を終えると、サルタンは激情に身を震わせ、息子から受けようとしている侮辱に対して怒り狂って妻の部屋へ行きました。彼女は大声で泣いていました。悲しみのわけを尋ねらられると、彼女は打ち明けたくないふりをして、出て行って欲しい、哀れな境遇のままに自分を放っておいて欲しいと頼みました。しかし相談役から彼女の悩みを聞いていたサルタンは、優しい言葉をかけて慰めながら、悩み事を語るようにとそっと促しました。
「そこまでお命じになるのでしたら」罪深く邪な女は言いました。「陛下、この世では誰一人とも信頼が置けないものとお知りおきください。これから語る重大な悪事を、わたしが陛下と自らの名誉のため永遠の沈黙で隠し通そうと決心したことを神様はご存知でいらっしゃいます。ですが、陛下は、わたしの不幸な出来事を明かすようにとのご命令です。実は、不実で裏切り者のご子息が、その恥ずべき欲望を満足させろとこの何日間もわたしにしつこく迫ってきます。それを望んで、何度も激しい争いをしてきました。昨日、休息しようとわたしが一人で庭へ行きましたところ、薮の後ろに隠れていたあの悪い若造に襲われました。その手からどんなに苦労して逃げ出したか、神様はご存知です。ですから、惨めでつらい日々を送っているわたしがいつも悩みと苦い涙のなかにいるとしても、陛下は驚きにならないでください」
こうして邪悪な女の言葉で、無実の若者に対して相談役が向けた非難を確認したサルタンは、彼女に慰めの言葉をかけ、このことであれなんであれ、金輪際息子からの迷惑はかけさせないと約束しました。そして、彼女の元を離れると相談役を呼びつけて、翌早朝に、息子の首を胴体から切り離してしまえと命じました。不実な相談役は、この宣告は冷酷すぎると思いました。
「ああ、陛下」と彼は言いました。「ご子息に対してそんな仕打ちは余りに酷く冷たすぎるものでございます。まだご子息は、邪悪で恥ずべき欲望を遂げたわけではありません。わたしが思いますに、陛下の領土から追い出して永久に国外追放を宣告なされれば、その悪事についてじゅうぶん厳しく罰したことになるのではないでしょうか」
怒りと激情に燃えていたサルタンはその忠告を受け入れようとしませんでしたが、相談役がさんざん言葉を尽くして説得したので、ようやくそれを認めました。翌朝、サルタンは、罪のない息子に向かって、八日間の間にこの国の境界外へ出て行けと言い、何があっても戻ってきたらその命はないと思えという命令させました。若者は、自分が庭から出たところを、悪い相談役と罪深いサルタン妃に見られていたのだと気がついて、それがこの不運の原因なのだと知りました。彼はいくつか宝石と指輪を携えて、すぐに父の国から出て行きました。がっかりした彼は七日間歩き続けて、別の君主が支配する村にたどり着き、そこで若い三人の巡礼と出会って道連れになりました。
翌日歩きながら一緒に話をしているうちに、巡礼のひとりが、自分からは他人が見えるが他人は自分を見えなくする秘密を知っていることをスルタンの息子は聞きました。二番目の巡礼も別の秘密を知っていて、いつでも好きなときにあらゆる悪魔を自分の手下として呼び出せるのだと知りました。三番目の巡礼は、知っている呪文を唱えれば自分の顔をどんな人の顔にも変えることができ、また別の呪文を使えば、だれでも人を眠り込ませることが出来ると知りました。しかしその言葉を彼はなかなか信じらず
「いったいどうして」と彼らに言いました。「あなたたちが言ったことが本当だと信じられるだろう? そのどれもありえないことなのだから」そこで巡礼たちは答えました。
「言ったことを実際に見れば、あなたは信じるでしょう」そしてその場で自分たちが語った三つのことを目の前で証明してみせました。これに若者はびっくり仰天し、こうした技は詐欺のようなもので、忘れてしまって使わないほうがよかろうと言いました。それに対してかれらは、自分たちが侮辱を受けて復讐するときしか使わないのだと言いました。
「それなら、復讐の大半は金儲けと欲のためになされるのが常だとわたしは知っているから、この先あなたがたがその術を使わないでいられるように、お金の必要がないように贈り物を差し上げよう」
そうして自分が持ってきた宝石の大部分を背負い袋から取り出して彼らに等分し、もう術を使わないと約束させました。そして、こうした宝石がどこかから盗んできたものだと思われないように、自分がだれの息子なのか明かし、自分の身に起きた不幸な事件、不忠な相談役と悪いサルタン王妃のことを打ち明けました。彼らはとても驚き、かれの顔つきから確かに偉大な君主の息子であると認めました。受取った贈り物に対してできるかぎりの感謝を表わして、その身に起きた裏切りの復讐が達成できるようにと三人とも彼に術を教えました。自分たちはこの先どんなことになってもそれを使うことはないと約束しました。若者は三つの術を習い覚えて、これを使えば悪い相談役と邪悪な継母に復讐できると思いましたが、さらに数日間三人の巡礼と過ごしました。何度も覚えた術を試してから別れを告げ、彼らのもとを離れました。復讐に取り掛かって父親に自分の無実を明かしたいと考え、悪魔を手下として呼び出す術を使い、一人だけ手元に残して他は帰しました。その悪魔に父親の都へ連れて行くように命じると、すぐに悪魔はそれを実行しました。サルタンの町の王宮の前に来ると、その晩はある老婆の家に行きました。
次の日の朝早く起きたランモは、家を出るときに別の秘術を使って、他人は見えるけれど他人からは見られないようにしました。謁見の時間にサルタンの王宮へ入って、父親と、彼と話している悪い相談役を見ました。怒りに駆られて、控えていた悪魔に、相談役の横面に二発張り手を食わせるよう命じました。悪魔が命令どおり顔面を強くたたいたので相談役は床に倒れました。召使たちに支えられて立ち上がったところを、また精霊にすごい力で叩かれて、その場に長いこと気絶していました。この事件がサルタンの御前で起こったので、相談役を目にかけていたサルタンはひどく心配し、すぐに部屋へ連れて行くよう臣下に命じました。町中から最高の名医が呼び集められて、相談役に起きた事件について長い間議論をしました。相談役の病気はその体の気質の過剰かその不調和が原因であるという結論になり、調薬を飲ませれば病から快復するだろうと思われました。しかしそう結論が出されている場に、だれにも見られることなく若者は居合わせていて、悪い相談役が薬を飲んだとたんに精霊に叩くよう精霊に命じました。そのため翌日早く医師たちが運んできた薬を口にしたとたん、彼は一同の目の前でものすごい力で顔を殴られ、薬はほとんど鼻から飛び出してしまいました。相談役を強く愛していた女とサルタンは、この事態にとても困惑し頭を悩ませました。
しかし若者はこれで満足せず、自分が受けた不正をさらに厳しく罰してやろうと思い、女性の服を着て自分の顔を老婆の顔に変えました。こうして相談役の部屋へ行き、下女たちと話をして、彼の病を聞きき病から救うために来たのだと告げました。女たちはこの言葉にとても安心して、相談役の下へ連れて行きました。病状やそのほかの事件について長々と話してから、自分の秘法を使えばたった一日で治せるのだという確かな望みを彼に信じさせました。治してくるならいくらでも褒美を出すと言って彼が頼み込んだので、承諾しました。しかしもう遅い時間になっていたので暇乞いをし、明日の早朝に戻ってくると言いました。相談役の家族はみんな安心して、翌朝を首を長くして待ちました。老婆の姿をしたサルタンの息子は、約束した時間に現れると、それほど大きくない鉄の印を持ってきて彼に見せました。
「だんなさま」と言いました。「ごらんのこの印によって、薬など飲まなくても元の健康に戻られることでしょう」そして、その場で火をおこすよう命じました。「必要なのは」と付け加えました。「尻に印を押すことです。だんな様の病が治らなければ、罪深い邪悪な女として厳しい処罰を受けてもかまいません」老婆に対して相談役は返事をし、大変侮辱的なことだけれど、この重病から逃れるためならそれ以上のことでも喜んで受け入れると答えました。若者は印を炎の中でよく熱して相談役の尻に印を付けると、ただちに精霊に叩くのを止めるよう命じました。若者は暇乞いをしてその場を立ち去り、八日後に戻ってくるのでそのとき治療の効果があったかどうか分かるだろうと言い残しました。
約束した日になって相談役の部屋に例の姿で若者が現れると、すっかり元気になった相談役は喜んで、たくさんの褒美を渡しました。尻に印が押されたことが知れると自分の名誉に関わると思った相談役は、施した治療法のことはだれにも明かさないで欲しいと強く頼みました。そして母親として敬い、これからも妻とも娘とも相談に乗ってやって欲しいとお願いして、持っているかぎり貴重な贈り物をしました。しかし若者の方は、どんなことをしてでも悪い相談役を復讐する決心をしていたので、他人は見えるけれど他人からは見えない秘術を使い、一度ならず何度も相談役の若い娘たちの寝室へ入って行き娘たち三人の体を繰り返し弄んで、早朝に自分の部屋へ戻りました。
しかし娘たちはこの出来事を自分たちの間で打ち明けあい、悪戯をまったく嫌がっていませんでしたが、それでも母親には言いました。母親はこれにひどく悩んで、そのような不幸をすぐ夫に知らせました。これは精霊の仕業に違いないと判断した相談役は、自分を治してくれた例の老婆、つまり娘たちの恋人を呼びにやりました。彼女にこの不幸を相談した上で、あのような重い病から救ってくれたのだからこの出来事も解決してもらえないだろうかと強く頼み込みました。ランモが返事として、まず娘たちと話をしてから悪戯が起こらなくなるように試してみましょうと答えたので、相談役は彼女たちを老婆と一緒に、ある部屋へ控えさせました。老婆はなにが起きたのか彼女たちから話を聞くと、相談役に向って、娘たちをそんなことをした精霊は若い男で、だれにも見られない術を使って娘たちの部屋に好き勝手に入り込み、彼女たちと愛の愉しみを過ごしていたのだと伝えました。付け加えて、自分はそれに対する対処法をすぐに見つけられると言いました。相談役が熱心に頼むと、ランモは娘を自分のところへ呼んで、言葉を書き付けた紙切れを渡し、夜になってだれかから悪戯されていると思ったらすぐに部屋に大きな火を焚いて、渡された紙をそこに投げ込みなさい、そうすればさんざん悪戯をしているその若者の姿を見ることができるからと教えました。
そうして娘たちのところを離れましたが、夜になるとすぐに彼はだれにも見られない術を使って娘たちの部屋へ入り、寝台に上るといつものように娘たちの間に収まりました。彼女たちはそれに気がついて、寝台から起き上がり、大きな炎を焚いて老婆の言葉の書かれた紙切れを投げ込むと、ランモの姿が見えました。彼女たちはそれがサルタンの息子だとは気がつかずに、縛り上げて父親の相談役の部屋へ引き立てていきました。部屋に入ったとたんに、知っている術を使って顔を変えたので、相談役もそれがだれだかわかりませんでした。相談役が侮辱しようと近づこうとしたので、ランモはいつも傍らに控えさせている悪魔に、相談役の顔を一発張り飛ばすよう命じました。悪魔が命令に従って強烈に殴ったので、相談役は床に倒れました。苦しんで寝台の上に這い戻った彼は、自分を殴ったのは、老婆が追い払ってくれた精霊ではなくこの若者だと思い、翌朝すぐにその首を刎ねるよう召使に命じました。相談役の娘たちの手から召使たちが若者を引き取り、隣の部屋へ連れて行って、主人の命令を実行しようとしました。部屋に着いたとたんランモは眠らせる術を使って全員を眠らせました。自分の縄をほどいて、全員の髪の毛と髭を切ってから自分の部屋へ戻りました。
その後、朝になって相談役が召使たちのいる部屋へ行ってみると、髪と髭を切られてみな憂鬱そうに悲しんでいました。それにひどく驚いて例の悪人を殺したかと尋ねてみて事の成り行きをすべて知らされ、困惑し悩んでその場を去りました。すぐに老婆を呼びにやって、彼女にこの不幸な事件を語って聞かせました。
「まさに」とランモは言いました。「だんな様、これは人と精霊の両方の仕業にございます。しかしご心配なさらないでください。わたしの術を使えば、お悩みを解決して差し上げられると思います」そして精霊にもう彼を殴るのを止めるよう命令し、自分もまた娘たちに対する悪戯を何日間か止めました。
こうして平静な日々が続くと、相談役は自分の不幸な過去をすっかり忘れてしまい、またサルタン王妃と逢引を愉しみ始めました。それを知ったランモはひどく怒って、次の夜、精霊に対し、相談役の家に行って一番美しい娘を自分の寝台へ運んでくるように命じました。すぐに精霊はランモに従って、相談役の一番美しい娘を彼のそばに連れてきました。娘はこの出来事にすっかり怯えました。
「心配しないで」ランモは彼女に言いました。「わたしはきちんとした男で、あなたを心底愛しています。わたしがサルタンの息子ランモだと知ってください。わたしの隣にいることをそれほど嘆き悲しむ必要はありません」それに対して彼女は、彼がだれであろうと、その意に沿うつもりはないと答えました。
「あなたに」ランモは彼女に言いました。「わたしがあなたを強く愛していて、その名誉を重んじることを知ってもらうためなら、あなたを女性として認めて妻とする約束をしてもかまいません。しかしそれはわたしが命令するまでだれにも明かしてはいけません」この言葉に娘は喜んで、彼を抱きしめて、その晩は二人は共に大いに愉しみました。
その後、早朝になって彼が起きると、自分が戻るまでそこから出るなと娘に命じて、いつもの老婆の姿となると、相談役の屋敷へ向かいました。途中で、相談役がよこした使いに遭いました。そして彼の前に行きました。
「ご存知の通り」と相談役は彼に言いました。「わが母よ、わずか数日のうちにわたしにはたくさんの災いが降りかかったが、あなたは大変親切にもいつもわたしを救ってくれた。しかし今度はなによりも一番大きな不幸に襲われてしまった。昨晩、品物ではなく我が娘が攫われてしまったのだ。そのことでわたしと妻がどんなに苦しんでいるかは神にしか分かるまい。今までの不幸からわたしたちを救ってくれたように、この不幸からも救ってくれたなら、金の千スクーディをあなたに贈りたい」それに対してランモは、金銭の量ではなく彼に対する親愛の情から、すぐに娘を取り戻させようと答えて、暇乞いをすると家に戻りました。そして魔術で娘を眠らせ、精霊に対して、夜になったらこの娘を父親の家へ連れて行けと命じました。翌朝、相談役は他の娘から姉が取り戻されたことを知らされて、言いようもなく安堵して喜びました。すぐに老婆を呼びにやらせて
「まことに」と彼女に言いました。「わが母よ、自分の命も名誉も一家全部の安全もすべてあなたのおかげです、そう思っていますし、はっきりと口に出しても言えます。だから、多大な恩義のために、あなたの好きなことのためにわたしの能力の及ぶ限りなんでもして差し上げたい」それに対して、ランモはたくさんの感謝を返答し
「だんなさま」と言いました。「あなたの恩恵と愛情しか受けたくありません。あなたは非常に親切なお方ですから、いつでもわたしが困ればきっと援助してくださるに違いないからです」そう言って彼のもとを去りました。
こうして相談役はなんの悩みもなく数日を過ごすと、何度も繰り返された災難をまた忘れてしまい、邪悪なサルタン妃と昔からの火遊びをするようになりました。ランモはそのことばかり考えていましたから当然気がついて、ひどく激昂し怒りに燃えました。「今度こそ」と自分に言い聞かせました。「邪悪で不実な相談役に厳しい完璧な復讐をしなければなるまい。彼はどんな災難が降りかかっても、わたしの父サルタンに不名誉をもたらそうとすることをやめないのだから」いつもの老婆の姿で家を出ると、かなり年配の貧しい男を見つけました。話しかけて友達になり、何度か宴会に招待して自分の部屋に連れて来て、食事をさせました。ある日、男の貧しさのことを話題にして
「なあ、おまえさんはかなりお困りのように見えるから」とランモは言いました。「ひとつ教えてあげよう。わたしの言うとおりにすれば、たった一日で大金持ちになれること請け合いさ」それに対し善良な男はランモに礼を言って、すぐにその秘訣を教えてくれるようにと強く頼みました。
「知っているだろう」ランモは言いました。「サルタンは毎週木曜、だれにでも公開の謁見をするのが決まりで、そこにはいつも相談役が出席している。そこで君主の法廷に行ったなら、大声で相談役に向かって、こう言いなさい。『今ではお前はサルタンの下でこんなに高い名誉ある地位についているが、現在惨めな境遇にあるわたしの奴隷なのだから、主人であるわたしのことを忘れてはならないし、掟が定めるように、困窮したわたしを助けなければならないのだ』そこで相談役はおまえさんを馬鹿にして、そんなことを言うのはおかしなやつだと法廷から追い出そうとするだろうから、そこでスルタンに向かって、『陛下』とこう言いなさい。『わたしは正義を求めます。あなたの相談役が、本当の主人であるわたしに向かってこのようなあからさまな不正を行うのをお許しになりませんように願います。市場で買い求めたその小さい頃からわたしが仕込んだ多くの技のおかげで、この男は陛下のおそばでこのような高い地位を得たのでございます。そうした業の恩返しとして、貧しい境遇に陥ったわたしが多少の金銭的援助を求めている今、恥ずべきことにわたしを追い払おうというのでございます。もし万一、わたしが真実を語っていて彼がわたしの奴隷であるということを陛下がお信じになれないのでしたら、その証拠がございます。わたしは彼を買ってすぐにイスラム教徒にさせ、その尻にわたしの印章を押しました。それが真実でなかったなら、どのような残酷な死をわたしに命じられても満足でございます』 こういう言うのだ」とランモは善良な男に言いました。「そうすれば、相談役には以前わたしと部屋で二人だけの時にこの手で尻に印を押してやったから、おまえさんが本当のことを言っているのを聞いて、裁判官に尻を見せる屈辱を逃れようとして、おまえさんを脇に呼んでその場から立ち去って厄介をかけないように言うだろう。きっとそこからお前さんは金持ちになって立ち去ることができるにちがいないよ」
そこで善良な老人はすっかり嬉しく上機嫌になり、謁見の日にサルタンの法廷へと出て行って、老婆が教えたとおりにすべてやりました。これに相談役は恥ずかしさで顔を真っ赤にして、老人を脇へ呼び出し、その話を終わらせようと大金を渡しそこから出て行かせました。しかしそんな恥辱もしばらくしないうちに忘れてしまって、熱烈に愛していたサルタン妃とまた愛の愉しみにふけり始めました。またもこれに気がついたランモは、もはや侮辱を許すことができなくなって、サルタンにすべてを明かす決心をしました。そこで老婆の姿になると翌朝早く、密かに謁見を願い、彼の前に進み出ました。
「陛下」と彼に言いました。「わたしは陛下の良き家臣として、自分と同様に陛下の名誉を気にかけておりますが、陛下の相談役が何度も重大な裏切りをしていることを目にして、そのような悪逆非道な大臣から陛下を救うためにも、すべて明らかにする決意をいたしました。今、陛下の妻である王妃は、不実な相談役と寝台に横たわって愛の戯れに耽っております。そのことを何度もわたしは見ましたが、相談役と一緒にいた邪悪な女がサルタン王妃だとは信じられなかったために、確信を持るようになった現在に至るまで、そのような悪事を陛下にお知らせできなかったのでございます。今、わたしが嘘を申しておると陛下が思われないために、いっしょにおいでください。陛下ご自身の目ですべてご覧になってください」
そこでランモと一緒にサルタンは、王宮のある場所へ行きました。その小部屋には豪奢な寝台があり、邪悪な相談役が罪深い女としっかり抱き合っていました。サルタンはそれを見たとたん怒りと激情に燃え上がって、そのような悪事を厳しく処罰しようとしました。しかし、老婆が他にも明かすのではないかと考えて、相談役と自分の妻に厳しい死を与えるまで、自分の下に残っていてほしいと熱心に頼み、自室近くの部屋で彼女の世話するように命じました。しかしランモは、父親が不当に自分を国から追放したことの過ちを知らせるべき時期だと考えて、世話をしている人を通じてお願いし、老婆の姿で御前に出ると、他の人たちを退出させて、ふたりきりになりました。そうして自分がその息子ランモであると明かして、最初に現れた姿を捨てて元の姿に戻ったので、すぐに父親は彼だとわかりました。そして最初からの成り行きと三人の巡礼から学んだ魔術を語り、不忠な相談役と悪いサルタン王妃が仕掛けた嘘の訴えを思い出させました。学んだ魔法を使って何度も悪人を罰したことを物語り、悪人と邪悪なサルタン妃を国から追放してその命は免じてやるようにと重ねて頼みました。というのも、その娘を妻としたからで、妻が、父親の死を嘆き悲しみたくないと涙ながらに頼んだのでした。
ランモのこの言葉に、サルタンは嬉し涙をこらえきれずにしっかりと彼を抱きしめました。相談役とサルタン妃を強く憎んではいましたが、その処罰は息子の判断にすっかり委ねることにしました。息子はすぐに父の国から不忠な相談役と邪悪なサルタン妃を追い出し、すべての財産を没収し、自分の結婚式を厳かに執り行いました。その後まもなく父親の死去によって彼は国の主となり、長く平和で幸せな生活を送りました。